“天才源内”と言えば、誰しもが平賀源内を思い浮かべるでしょう。
しかし、江戸時代にもう一人「ある意味天才」と呼ばれる源内がいたのです。

その者の名は沢田源内。
平賀源内が数多くの奇行があり、最後は殺人事件を起こす功罪半ばする天才であったのに対し
沢田源内はぶっちゃけ「罪のみ」の天才です。(笑)

この人は、偽物作りの天才。
数々の家系図や書物を捏造します。
その出来栄えが素晴らしく、現代に至るまで真贋論争が続く文書を
数多く残しているのです。

沢田源内は、武蔵の国忍藩の代官の子として生まれました。
・・・ってこの段階で既に怪しんでしまいます。
家系図贋作のプロですからね。この話自体、嘘って可能性も。。。

まあ、とにかく、偽の家系図を作る人でした。
実は偽の家系図って需要があったのです。
家系にハクを付けるために、祖先に偉い人がいたことにしたい。
そこで、チョコっと有名人を家系図に加える、ということは割とありました。

沢田源内は、この家系図作成能力が実に優れていました。
元々博識で優秀な上に、裏付けの資料まで捏造する。
関連する神社にニセの奉納物を紛れ込ませたり、
寺にニセの位牌を入れて置いたり。
後から疑って調べた人が、それを発見して信じちゃう。

だから、捏造依頼者には大好評でした。
結構実入りがあったようです。

やがて、世間が騙されることの楽しさを知った源内は
偽書作りも始めます。
「江源武鑑」で豊臣秀吉の改名は六角氏から字を貰ったとか
「三河後風土記」で徳川の歴史を捏造したり
とやりたい放題。

「金史別本」では、源義経が中国に渡った話を作り上げます。

そう、これが義経=ジンギスカン説の始まり。

これが江戸幕府の歴史書「本朝通鑑」に“そういう説もある”と記載され
新井白石なんかも騙されちゃったんですね。
やがて、この説は満州進出にも利用されて行きます。

一人のトリックスターの偽文書は
時代を超えて様々な人々を巻き込んで行ってしまうのでした。

優秀な人物が、偽造して広めてしまうと
とんでもないことになってしまう歴史の事例です。

だからこそ、公文書の捏造・改ざん。
ダメ。ゼッタイ。